【創立委員の顔ぶれ】
写真の前列左から禿下喜次(みどりや)、高須八蔵(精養軒)、特別出席の門倉国輝(コロンバン)、石黒 茂(トロイカ)、田中三之助(新宿メイフラワーホテル)、佐藤与吉、服部広治(日活国際会館)、後列左から大谷長吉(エスワイル)、吉原督雄(太陽製菓)、迫田千万億(モンブラン)、細内善次郎(ゴンドラ)、豊島類一、木村吉隆(白木屋カムサリー)、立野弘之(東横食品)、作本三省、齋藤一郎、左上に市川倉三(旭食品)、田中邦彦(クローバー)の各氏。この他、創立委員には河越三郎(ハマヤ)、成沢良一(オリンピック)、松田兼一、林守 通、宇津木昌春、川村禎祐(東横食品)、多谷眞三(製菓学校)、木元重徳、清水利平、齊田正喜、藤井二夫、森島健吉(中村屋)、今川富一(アメリカンベーカリー)、堀切福三郎の各氏が名前を連ねている。
1951年(昭和26年)になると、世の中も落ち着きを取り戻し、各地に四散していた洋菓子技術者も都市に戻ってきました。この年、銀座_月堂の出身者と洋菓子技術者有志で“扇友会”の会合が持たれました。“扇友会”は小冊子ながらも会報「菓報」を発行して会員間の連帯を図り、業界の指導的立場に立つようになりました。「門倉國輝翁88年のあゆみ」(門倉國輝翁の米寿を祝う会)によれば“扇友会”はかつて、門倉國輝氏が1911年(明治44年)に創立、会長職に就いていたこともある洋菓子組合の先駆をなすグループでした。
1952年(昭和27年)正月に開かれた“扇友会”の新年会で、ゴンドラの細内善次郎氏の意向を受けた木村吉隆氏は「日本洋菓技術協会」設立に向けた熱い思いを語りました。協会設立の趣旨は会場で拍手を以って迎えられ、設立の準備は着々と進みました。4月18日、新宿メイ・フラワー・ホテルで40数名の出席のもと設立総会が開催され、「日本洋菓技術協会」が結成されました。
戦中、戦後を通して疲弊した日本の洋菓子業界の再生・再建に向けて、新たな第1歩が踏み出された記念すべき日でした。「日本洋菓子技術協会」は機関誌GATEAUXを発行し、技術者の就職斡旋活動を行ない、設立の翌年には講習会を開催、全国各地に支部を設立して積極的な活動を開始しました。「日本洋菓技術協会」は組織、事業を拡大し、現在、一般社団法人日本洋菓子協会連合会として広範な活動を展開しています。戦後日本の洋菓子業界を牽引してきた当会は、2002年、創立50周年を迎えました。