ベルギーの郷土菓子 7

タルト・オ・ストフェ(Tarte au stofé)

ブリュッセルから東南に車を走らせてわずか20分、ワーブルは首都圏で働く人のベッドタウンとして人気がある裕福な住宅地です。ブラバン・ワロン州の州都のこの街は、市庁舎や教会を中心に、メインストリートには小規模ながら洒落たブティックや小綺麗なレストランが並びとても住みやすそう。ディル川沿いに牧草地が広がるブラバン地方は昔から酪農業が盛んで、地の利もあり大都市へ酪農製品を供給し栄えていました。

憲章 発令

1222年、この地で中産階級の人たちにとって前代未聞の事件が起こりました。ブラバン公国領主ジョン公が、ワーブルの商人などに自由商業権を許可する「憲章」を発令したのです。領主の力が絶大だった封建制度の下で中産階級が自己の権利を主張し、それを支配者が認めたということは画期的なことでした。今風にいえば雇用主と労働組合との間に合意が成立したとでも言いましょうか。その折、これを祝い特産の白いチーズ(ストフェ)で作ったタルトが献上された、と古文書にあります。

ジョンとアリス

ワーブルでは1954年からだいたい5年毎に、「憲章」発令前夜のジョン公と庶民をテーマにした「ジョンとアリス」という劇が興行されます(2007年は5月16日~20日)。一般市民から募った、総勢500人もの登場人物が繰り広げる2時間に及ぶ時代絵巻は、ワーブル市民をはじめ近郊から延べ6000人もの観客を集めます。往時の衣装に身を包んだジョン公と王妃アリス役はもちろんのこと、農民や僧侶そして子役までもが役になりきっての熱演で、観る者を800年も昔の中世に誘うそうです。そして合唱やダンスなどで締めくくられる劇の最後には、タルト・オ・ストフェが観客に配られます。この時はなんと300個のタルトが用意されるといいます。

伝統タルトの保存のため

タルト・オ・ストフェ保存協会の会長にお話を伺いました。「フロマージュ・ブランつまり白いチーズのことをワロニー地方の方言で“ストフェ”と呼びます。ストフェは、低脂肪の牛乳を凝乳酵素で固め、軽く水を切っただけのチーズです。日持ちしないので、冷蔵庫のなかった時代にはタルトにすることが多かったわけです。母から娘へと代々教え継がれた伝統的な菓子を次の世代に残すため、そして自慢の菓子をベルギー内外に宣伝するため、今から13年前タルト保存協会を立ち上げました。ある農家の婦人が80歳になっても作っていた、自家製のストフェと庭のリンゴを使ったタルトの美味しさといったら・・・感激ものでした。この地方には多くのリンゴ園があり、また牧草地が多く美味しいミルクが得られます。土地の恵みをフルに活かしたタルト作りは中世の頃からの先祖の知恵です」とタルトの美味しさの宣伝に余念がありません。

一方、ワーブルの文化遺産や伝統を保護し、ひいては土地を活性化させる目的で、53年前4人の発起人がジョンとアリスの劇を始めました。最初は村祭り的に有志だけで始まった劇も、郷土菓子との名コンビで今ではすっかり名物行事となりました。

タルトの作り方

(1)準備:卵は卵白と卵黄に分ける。スイートアーモンドと少量のビターアーモンドを混ぜて粉末にする。マカロンをめん棒で軽く砕く。りんごのコンポートとパン生地を用意する。

(2)充分水分を切った白いチーズ(低脂肪のもの)に生クリームと卵黄を加え混ぜ合わせる。そこに砂糖、アーモンド粉、溶しバター、マカロンを加え混ぜる。

※注:ワーブルっ子はチーズの小さな塊が時々感じられるタルトが好きなので、丁寧に混ぜる必要はない。

(3)バターをぬったタルト型に生地を伸ばしピケする。その上にリンゴのコンポートを薄くひく。

(4)9分立ての卵白を(2)に混ぜる。※注:卵白の気泡を壊さないため手で混ぜ合わせる。これを(3)に載せ、225℃~250℃に予熱したオーブンで20から30分焼く。

なかなかどうして

ワーブルの住民の多くは共稼ぎなのでタルトは週末に菓子屋で買い求めます。そんな人々で賑わう一軒の店で買ったタルトを試食しました。程よく焦げたしかし何の変哲もないタルトは、何だか胃にどっしりと重そうです。ところが、その田舎っぽい外見を見事にくつがえすほど繊細で軽い中身と、時々舌にあたるチーズ粒とマカロンの片鱗のアクセントに、「ヘヘェーお見それしました」と感服。脂肪分が少ないせいかチーズの重たさはなく、アーモンドの味と香りがしっかり効いているのはマカロンが入っているからでしょうか。惜しむらくは、既製品を使ったと思われる甘さ勝ちのペースト状のコンポート。どうせならもう少しリンゴの食感が感じられるものが欲しいところでした。

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