ベルギーの郷土菓子 6

グーテリング(Geuteling)

ブリュッセルより東に車を走らせること約一時間。フランダース地方特有の、どこまでも平らに続く田園風景の中にエルストの町があります。あまりに小さくて、最近は隣町と合併されブラケル・エルストとなったぐらいです。のんびりとしたこの田舎町も、2月9日に行われる守護聖人「聖女アポリーヌ祭」の“グーテリング投げ”のときは町中が活気づきます。これは金貨に似せた小さなグーテリングと250ユーロが当たるトンボラ入りの福袋を、広場の高い塔からばら撒くという行事です。グーテリングとは聞きなれない言葉ですが、クレープのことです。しかしクレープと呼ぶと土地っ子に「イヤッ、クレープじゃなくてグーテリングだ」と必ず訂正されます。

2月はクレープを食べる月

長く寒い冬が最後の猛威を振るう2月。太古の時代から、人々はローソクに火を灯し「光」の再来を願いました。これがシャンドルール(ローソクの祭り)となり、この日に穀物で作ったクレープを食べる習慣がありました。丸いクレープは待ち焦がれる太陽を意味します。現在でも2月2日、各家庭や学校では、キャンドルを灯してクレープを食べる行事が引き継がれています。

エルストのグーテリングはいわばクレープですが、他のクレープと違い、スペインのトルティーアに似ています。それもそのはず、その歴史はベルギーがスペインに占領されていた16世紀頃にさかのぼります。スペインの将軍が、祖国で食べていたトウモロコシの粉で焼いたトルティーアを食べたいと言いました。スペインにはコロンブスの新大陸発見で持ち込まれたトウモロコシがありましたが、当時のベルギーにはまだ存在せず、小麦粉で代用したトルティーアを作りました。それ以来この町では1月の末から2月9日の聖女アポリーヌ祭が終わるまで、どこの家庭でもパン焼き釜でグーテリングを焼く習慣が生れたそうです。

そんな伝統あるグーテリングですが、20世紀に入り地元の生活様式が変わり、農業をする人の激減により50年以上もこの行事は途絶えていました。しかし今から20年ほど前、5人の有志が伝統的な風習を次代に伝えようと、ボランティアで「オーブン・ミュージアム」を作り、自分達でレンガ一つ一つを積み重ね炭焼き釜を再現しました。釜焼きの火加減を教えてくれる老人探しや、生地の硬さを研究することから始まった活動ですが、今では町おこしの一端を担っています。

生地の作り方と焼き方

グーテリングとは、「おたまに一杯」という意味のフラマン語です。グーテリングのタネをおたまですくって釜に流し焼きますが、火加減に劣らず大事なのが生地の硬さです。流したとき周りに広がりすぎない固さと、ほんの数秒で均一に火が通る濃度が求められます。

  1. 朝絞りたてのミルクを年代物のストーブで52~53℃に温める。ミルクを大鍋に移し、小麦粉、少量のシナモンパウダー、溶いた卵黄を加え、全てを素手でかき混ぜる。塩と、ミルクで溶いた生イーストも加え混ぜる。更に、固く泡立てた卵白を加え良く混ぜる。
  2. 麻の布で内張りをした木の箱に鍋ごと入れて箱の蓋をして、タネが3倍の量に発酵するまで寝かせる。
  3. グーテリング一枚分のタネをおたまですくう。それを長い柄が付いた別のおたまに受けて、釜の手前から奥まで順に一枚ずつ流していく。一番奥まで20枚分を流し込む頃には、もう手前のグーテリングが焼き上がっているので、フライ返しを使いピザを取り出す要領で取り出す。中の水蒸気を抜くため網に並べる。
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わずか30秒でぷく~と膨らむ面白さ

釜の内部の温度を常時450~500℃に保つのが美味しく焼く最大の秘訣で、これは火加減を見ながらの経験以外ありません。焼き上がったグーテリングの様子を見ながら、時々薪をくべて火加減をコントロールする職人的な勘の体得には、最低7年はかかるそうです。タネをおたまですくう人と焼き手、そして焼き上がったものを受け取り網に乗せる3人の息の合った作業が、近郊から集まった老若男女が見守る中、夕刻まで絶え間なしに続きます。汗だくで作業をする3人、焼き上がった美味しそうなグーテリングに歓声を上げる人々、途中で地元の有志たちの音楽隊も参加しての、なんとも楽しい炭焼きクレープ大会です。

思わずもう一枚!

グーテリングの大きさは直径約20センチ。少しいびつな形は愛嬌があり、実に美味しそうなキツネ色をしています。が、作りたては食べません。しっかり冷まして生地を落ち着かせます。オーブン・ミュージアムでの作業の見学後は、隣の喫茶部で食べられますし、持ち帰り用も売っています。再度温められたグーテリングは冷めないよう一枚ごとに陶器の蓋を被せてサービスされます。伝統的な食べ方は地ビールを傍らに、塩入のバターを乗せるか、カソナード砂糖をかけて食べるそうです。後者を食べてみました。ふわふわと滑らかなうちにもしっかりとした食感にまず驚きました。そして噛みしめるほどに広がる新鮮なミルクとカソナード砂糖とのまろやかで深い味わいに、たかがクレープと侮っていた自分のことはすっかり棚に上げ「これこそ本物のクレープ!」と手放しの誉めようでした。

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