ベルギーの郷土菓子 4

マカロン

少し前までは、脚光を浴びるほどお洒落な焼き菓子ではなかったマカロン。日本での最近のブームには驚きます。クリームやガナッシュを挟んだこの「パリ風マカロン」の原型は、丸くしたアーモンド生地を焼いただけの、味も外見もいたって素朴なものです。パリ風のマカロンが作られる前から、そして今でも伝統的な手法を守り続けている店がフランスのナンシーやアミアン、イタリアのピエモンテ、そしてベルギーではボーモンやシメイにあります。

マカロンはどこから来たか?

カトリーヌ・ド・メディチが後のフランス王アンリ2世に嫁いだ時、彼女が連れてきた料理人がマカロンを伝えたと言われています。では、マカロンはイタリア生れなのでしょうか? そのルーツはどうも北アフリカのアラブ諸国のお菓子にあるようです。827年、アラブ人がシシリーに侵入してくるという大事件が起こりました。彼らは乾燥パスタや米、アーティチョーク、レモン、シャーベット、更に菓子の材料としてアーモンド、ピスタチオ等の食材を持ち込みました。その後シシリーにギリシャ人が入植。交易上手なギリシャ人により、これらの食材がイタリア本土に上陸しました。ローマ帝国崩壊後は修道院が精神的及び文化的な指導者となり、食文化もワイン、チーズ、菓子の分野で重要な役割を果たしました。高位聖職者や王侯貴族が、マカロンの伝播にも一役かっていたことは想像に難くありません。

ボーモンのマカロン

ベルギーの西南部エノー州にあるボーモンはフランスとの国境近くにあります。豊かな森が広がるこの地方にはいくつもの城が点在し、同じ州のトゥルネーという町は初期のフランク王国の首都でした(後の首都はパリ)。

マカロンは、1814年、フランス王ルイ18世の使者を迎えたボーモン市長主催の宴会メニューに登場します。このマカロンを1842年以来作り続けているパン屋があり、現在は6代目のディディエ・ソルブルゥ氏(Didier Solbreux)。リエージュ大学で化学を専攻し専門分野で働いていましたが、6年前に店を継ぐ決心。父親にそのノウハウを学び、今ではお父さんと共に朝の4時から12時間ノンストップで働いています。卒業が至難で有名な化学部卒の彼に、軌道修正の理由を聞くと「自分の血の中にパン屋というDNAが流れているのでしょう。毎日真摯に働く父の姿を見ていて、マカロン製造を続けることの意義を自覚しました。父が考案した、マカロン入りのタルト・オ・リが新しい郷土菓子となりつつあるのも誇りです」

マカロンの材料はいたって単純。その分、2種類使うアーモンドの質と挽き方にはこだわり「マカロンを作る度に粒からアーモンドを粉砕します。三回粉砕するのが我家流。これがほど良い口当たりを作ります」。アーモンド粉と卵白と砂糖で作った生地で実際にマカロンを成型してもらいました。絞り出し袋は使わず、スプーン一本でまるで魔法のように次から次へとマカロンを生みだします。

右手に持ったスプーンの中の生地を、左手の親指の腹で適量かすり取り、それを親指と人差し指の上で器用に丸めることほんの数秒。直径約3センチのマカロンが誕生します。熟練の技と絶妙な生地の固さが決め手といえます。この調子で一度に12キロの生地から約1000個のマカロンを作り、パンやタルトを焼いた後の温度が200度に下がったオーブンで焼きます。マカロンを入れる木の箱も代々そうしてきたように自家製です。

シメイのベルナルダン

ボーモンから20キロ南に下がったところがシメイ。ここはその名を冠したトラピストビールで有名ですが、もう一つの特産品がベルナルダンです。

町の中心の広場に面したお菓子屋が1883年以来ベルナルダン製造をしています。ミッシェル・ユベール氏(Michel Hubert)はその4代目。しかし後継者がいず、彼が最後だそうです。レシピは今から123年前、彼の曽祖父がベルナール修道会の修道士から伝授されたもので、門外不出。ミッシェルさんも父親から口述されました。

ベルナルダンはマカロンと違い、グラニュー糖の代わりにカソナード粗糖と蜂蜜を使いますが、アーモンド粉や卵白を用いるのは同じです。茶色の砂糖を使うのは、修道士の衣が茶色だったからかも知れません。

ここでもアーモンドは粒から粉砕します。粉砕機は年代物ですがまだまだ現役。しかしEUの衛生基準が厳しく、ステンレスの作業台にしない場合は製造禁止など、様々な条件をクリアするのは金銭的に大変だと嘆いていました。これも家族経営の店では後継者が見つからない理由かもしれません。生地の作り方はボーモンのマカロンと同じですが、薄い楕円の形は曽祖父の頃からのプレス機で型を抜きます。

食べ比べ

表面がこんがりとキツネ色のボーモンのマカロンをかじると、思いのほか強いアーモンドの香りと、ほのかに甘いアーモンドの味が口いっぱいに広がります。サクサク、カリカリの外側としっとり柔らかい中身のコントラストが楽しく、焦げている部分の香ばしい匂いにもつられ次から次へと手が伸びます。ベルナルダンは、薄い生地と粗糖と蜂蜜のため甘さが強めですが、アーモンドの美味しさとしっとり具合は満点。軍配は引き分けです。

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