ベルギーの郷土菓子 16

ヴォーション(le Vaution)

シリーズ[2]でご紹介したショコラティエ、ジョン・フィリップ=ダルシさんに再登場をしていただきました。ダルシさんの故郷、アルデンヌ地方エルブ高原一帯は湿気をほどよく含んだ上質の牧草が成長し、その草をはんだ牛の濃厚なミルクは、アルデンヌ地方特産のバターやチーズとなります。渓谷を流れるヴェスドル川が注がれるヴェルヴィエの街は、いたる所に噴水があり見ているだけで心が癒されます。そのせいか住む人々もとても気さくで穏やか。横断歩道以外の道路を歩く通行人に対しても、必ず車が止まる光景は、いたわりが伝わる心温まるシーンです。

新作マカロン発表

2008年9月、ダルシ氏の季節限定パティスリーがヴェルヴィエ郊外のシャトー・ペルツェーで発表されました。

ヴェルヴィエは毛織物産業で中世から栄えた街です。17世紀になるとイギリス羊毛産業を脅かすほどの勢いとなり、裕福な名士たちが次々と郊外にシャトーを造りました。なかでも6ヘクタールの広大な敷地に建つネオゴシック風のペルツェー城は、その外観とルイ王朝時代を偲ばせる豪華な内装とで他の追従を許さないといわれています。現在は4つ星ホテルとなっています。

今回披露された秋・冬限定マカロンは「マロングラッセ」、「ポム・キャネル(りんごとシナモン)」、「ティラミス」の3種類。ダルシ定番のマカロンも揃っていました。ところで、これまで白い上着のダルシ氏を見慣れていた私は黒いタキシード姿の彼にびっくり。びしっと着こなしている様子に、やはりタキシードはヨーロッパ人のものなのだと今更ながら感心したものです。大勢集まったジャーナリストを前に今後の抱負などが述べられ試食になり、栗大好き日本人の私はマロングラッセのマカロンがとても気に入りました。

次のプログラムはテレビ中継のカメラが回されるなか、何百人と集まった招待客の前での制作実演でした。ピエスモンテを作る流れる様な技を、シャンパン片手の招待客は驚嘆の声で見つめていました。

引き続く晩餐会は、巨大なシャンデリアが輝く元舞踏会のホールだったレストランで開かれ、最後はダルシ氏のデザートで締めくくられました。

冬の人気菓子 ヴォーション

店のショーウインドーには、ルレ・デセールのベルギー最年少メンバーの彼が作る創作パティスリーやショコラが並ぶ一方、昔からの郷土菓子も並びなんとも温かい雰囲気を醸しだしています。

ヴェルヴィエ特産の菓子には前回取り上げた「米のタルト」や「ヴェルヴィエのガトー」、そして今回の「ヴォーション」が挙げられます。土地の方言でヴォーチョー(Vautchau) とも呼ばれる、お盆のように大きい菓子作りを見学しました。ダルシさんは「昔から家庭で作られていたものなので特に凝った材料はいりません。新鮮なミルクとバター、それとヴェルヴィエっ子がことのほか好きなシナモン。あとは根気かな」と笑います。

作り方

(1)材料:パン生地で350gの塊り2個、300gを3個用意する。砂糖350g、無塩バター125g、粉末シナモン少々。砂糖とシナモンは合わせておく。

(2)大小の生地を厚さ3~5ミリ、直径30~40センチに丸くのばす。天板にバターを薄くひき、大きい方の生地を置く。縁を3ミリほど残して、砂糖+シナモンを中央に丸く広げる。

(3)砂糖+シナモンの上にバターの小片を散らし、一枚目の小さい生地をかぶせる。

(4)(3)の工程を2度繰り返す。最後の工程が終わったら全体に生クリームを少々回しかける。

(5)(2)の生地の縁にとき卵を塗り2枚目の大きい生地をかぶせる。糊つけした上下の生地の縁を内側に折り込み、焼いている時空気が洩れないようにする。

(6)ピケをした後、とき卵で艶出しする。全体に粉砂糖を振り掛け、180°のオーブンで約30分焼く。少し冷ましてから食する。

寒い季節にピッタリ

ヴォーションは4分の1から買えますが、皆さん半分かホールで買うとのこと。丁度買いにみえたお年寄りに、大きすぎませんか?と尋ねると「そんなことはありません。これを食べると子供のころの台所の匂いや光景、そして幸福感までもが蘇り、いくらでも食べられます。当時は裕福な人もいたでしょうが大部分は貧しく、ヴォーションの香りが漂う日曜日の午後が一番うれしい日でした。寒い時期なると無性に食べたくなりますよ。今日はブリュッセルから来ている孫たちと一緒に食べます。孫も大好きです」といそいそと包みを抱えて出て行かれました。

この菓子はすこし冷めた方が美味しいといわれ、なかなか冷めないヴォーションを前にじっと我慢の子でした。切り分けた途端にフワ~と立ち昇るシナモンの甘い香り。それに続くミルクやバターの優しい匂い。大きさには驚いたものの、あまりにも素朴な外見に美味しいのかな~?と思っていた私ですが、食欲を刺激する香りに、思わずごくりとつばを飲み込みました。味はもちろんのこと、柔らかい生地なのにしっかり主張する食感が心地よく、フワフワと頼りないホットケーキが好みでない私はたちまちファンになり、今では我が家の寒い日の定番おやつになりました。

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