ショーモン・ジストーのタルト(Les Tartes de Chaumont Gistoux)
ショーモン・ジストーのタルトほど素朴でぬくもりがあるタルトはありません!と声を大にして言いたいほど、ここのタルトは郷愁を感じさせます。ベルギー生まれでもない私が懐かしいとはおかしなものですが、食材の果物や砂糖などに国境はなく、直径25センチという大きさも、今流行のミニ・サイズのパティスリーと比べ何と大らかなことでしょう。
ワロニー発信の人気タルト
ブリュッセルの南東30キロに、ショーモン・ジストーの町はあります。この町も他のワロニー地方(ベルギーのフランス語圏)と同じく、穏やかに起伏が続く緑豊かなところです(ベルギーオランダ語圏のフランダース地方は平地)。森や丘の間に点在する教会や家々、ポプラ並木の続く川など絵葉書のように愛らしい風景が続きます。ブリュッセルへの通勤圏内にあるため、昔から住人の多くは都心で働くサラリーマンでした。首都にはフランダース地方からの出勤者も多く、美味しいもの好きな人々の口コミでこの名前がベルギー中に広まりました。
夏のある日曜日、噂のタルト取材に出発。住所が町の中心から外れた国道沿いなので注意しながら車を走らせると、本屋や美容院の並ぶ賑やかな界隈に通りかかりました。たぶんこの辺りにあるだろうと目を凝らしましたが、アッという間に通り抜けてしまいました。見過ごしたのかとUターンしかけた時、タルトの絵が描かれた立て看板を発見。しかしこの看板がなければ気がつかないほど、道路沿いにポツンとある何の変哲もない民家です。ところが店に入ってビックリ。日曜日の朝10時というのにタルトを買う客が行列し、次から次へと客足も絶えません。ベルギー人の日曜はだいたい朝寝坊と決まっているので朝食用のパンは買いに行けども、パティスリーだけを買いに朝から来るとは…。しかもこの店の開店時間が10時なのです。
料理人からパティシエに
オーナー・パティシエのロンブーツさん(Rombouts)は「ベルギー王立料理学校」出身の料理人。「30年以上も前ですが菓子職人の地位は低く、私は料理人の道を選びました。でも幸運なことに、最初働いたレストランのシェフ・パティシエが私に菓子作りの面白さを教えてくれました。これこそ天職だと思いましたね。この仕事は夜中に始まり午後3時に終わる重労働ですが、近郊はもとより遠くから車で買いに来てくださるお客様が私の元気のもとです」
秘密のレシピ
現在は40種類以上もあるタルトですが、開店63年来守り継がれている定番は「サクランボ」、「赤・白の砂糖」、「チーズ」、「プリン」とのこと。赤砂糖(カソナード砂糖)のタルト作りを見学しました。
広い庭から陽光がサンサンと差し込む古いけれど清潔なアトリエでは、ロンブーツさんと5人のパティシエがフル回転で働いていました。通常は12人だそうですが、バカンス・シーズンで顧客の少ない7月・8月には彼らも交代で休みを取ります。
パン生地を敷いたタルト台に「えぇ~こんなに」と驚くほどの赤砂糖を盛り、上からカスタードソース的な液をたっぷりと回しかけます。先代の考案したこのソースのレシピは門外不出ですが、卵、砂糖、ミルク、溶かしバター、バニラと+アルファだと思います。
#gallery-1 { margin: auto; } #gallery-1 .gallery-item { float: left; margin-top: 10px; text-align: center; width: 33%; } #gallery-1 img { border: 2px solid #cfcfcf; } #gallery-1 .gallery-caption { margin-left: 0; } /* see gallery_shortcode() in wp-includes/media.php */自分は職人と言い切るご主人のこだわりは「食材の質」。もちろん着色料・保存料などとは無縁です。例えばサクランボのタルトの「サクランボ」は、今ではあまり栽培されなくなった昔の品種で、果樹園農家に特注し全て買い取ります。果実もそれから搾るジュースも全てホームメイド。
瓶詰めなど既製品が多い昨今、こんな贅沢なタルトは最近あまり見かけません。実用的だと感心したのは、タルトの熱を取るためのネットを張った木枠。いかにも使い込んだ木枠は、タルトを冷ますのもよし、何段も重ねれば虫よけにもなり、木枠ごと店に置けるという実益も兼ねます。
いざ試食
カウンターにはピザのように大きなタルトが勢ぞろい。色々な種類を試したい人や少人数用に、ホールでも4分の1からでも買えます。試食に、サクランボ、ルバーブ、チーズ、チョコレートムース、赤砂糖(4分の1にカットすると蜜が流れ出過ぎるので半分から販売)を選びました。サクランボとルバーブは驚くほど控えめな甘さと薄い生地のおかげで、食材本来の味がしっかり感じられまるで果物を食べているよう。
チーズやムースも同じく甘さ控えめ、各々の余韻を楽しみながらペロリと平らげてしまいました。最後は切り口から蜜がトロ~と流れだしているカロリー満点そうな赤砂糖。山盛りの砂糖を見たせいか、かなりの甘ったるさを覚悟しましたが、上質の砂糖がもつ嫌味のない素朴な甘みがまず口いっぱいに広がり、思ったよりキリッとした甘さは意外でした。が、さすがに8分の1が精一杯。でも次回はこのタルトだけを味わいたいと思わせる後を引く美味しさ。う~ん、さすが63年来の定番です。