ベルギーの郷土菓子 13

タルト・アルジョット(Tartes al Djote)

ブリュッセルから南へわずか30キロにあるニヴェルの町は、大修道院を中心に中世以前から栄えていました。小さな町のなかには大修道院のほかに四つの教会があり、いたるところに中世の面影が残る緑豊かなところです。修道院を中心に穏やかな起伏の大小の道が放射状にのび、うっかりすると思わないところに出てしまったりもします。首都ブリュッセルへの通勤に便利なため、現在は中流家庭の人が住むベットタウンとなっています。

大修道院の自慢のタルト

photo OTN

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ニヴェルの住民にいわせると、タルト・アルジョットは“熱々で、柔らかくて、バターが滴り落ちる”に尽きるそうです。このタルトはニヴェルいえベルギーを代表する名物で、修道女が考案しました。しかしタルトと名はつきますが、塩味のタルトなのです。ピザの先祖みたいと思ってください。

タルト・アルジョットのジョット(djote)が始めて記録に登場するのは16世紀になってからで、大修道院の台帳に「チーズと野菜購入」とあります。ニヴェルを中心とする丘に囲まれたこの辺りは大昔から酪農や農業が盛んで、修道院の指導の下、チーズ、ビール、そば粉のクレープと美味しいものに事欠かなかった地方でした。

栄養豊富なジョット

スイスチャード(和名:フダンソウ 仏名:bette)のことを、ニヴェルでは昔からジョットと呼んでいました。ビーツの仲間で葉も茎も食べられるヨーロッパ原産の越年性植物で、ギリシャやローマ人もその薬効ゆえ栽培していました。生でも加熱してもビタミンAやマグネシウム、カリウムが損なわれず、ビタミンC、鉄も豊富で、銅、ビタミンB6の優れた供給源でもあります。

このタルトにはニヴェル特産のブレット(boulette)というチーズが欠かせません。脱脂生乳から作られたこの軟質チーズは、今でも完全にアルティザン的に作ります。凝乳し脱水したものを25度の室内で熟成しますが、この段階が一番肝心で職人の勘が問われるところです。最初はトウモロコシの粒のような白いポロポロしたチーズが、徐々に脂をにじませ黄色くなり独特の芳香を放つようになるのを目と鼻で見極めます。嫁いできて以来ブレットを作っているマルティンさんが、これをおにぎりのように丸く握ります。このチーズはタルト作りには不可欠ですが、単にパンの上に載せて焼いても即席のピザとなるし、そのまま玉ねぎやハーブと混ぜて食べても美味しいそうです。

星つきのタルト

先祖伝来のタルトの保存・継承そして宣伝するため、1980年「タルト・アルジョット保存協会」が設立されました。メンバーはジャーナリストや会社員など、タルト製造に関係ない人たちで、彼らは毎月一回全ての店のタルトを試食し、年に一回3月に一年間有効の賞状を発行します。ちなみに、2007年は4軒の5ッ星、4軒の4ッ星、1軒の3ッ星となりました。常に最高点を獲得し続けている保存協会お墨付きの店「Tout au beurre」で作り方を披露してもらいました。

作り方

この道40年というご主人に、5ッ星を獲得する秘訣を聞いてみると「作り方はいたってシンプルなので秘訣なんてないですよ。あるとすればチーズ製造農家が作るチーズの差でしょうね」。

(1)生地:小麦粉、塩入りバター、イースト、全卵と黄身、ミルク少々と塩。中身:ブレット・チーズ、ジョット、パセリ、玉ネギ、全卵、塩入バター、塩&コショウ。

(2)生地を延ばしバターをひいた型に敷き入れ、ピケをする。ジョットは葉だけをざくざくと刻み、茎を除いたパセリと玉ねぎのみじん切り、その他の材料と一緒によく混ぜあわせる。

(3)生地に中身を約8ミリの厚さで載せ、200度のオーブンで約10分間焼く。

熱々をほおばるのが身上

どの店のタルトも半焼き状態で売るので、180度のオーブンで必ず焼きあげます。試食をさせてもらいました。熱々のタルトが目の前に登場。さらに大きな塊が入ったバターケースもドンと置かれました。

「食べ方のこつは、熱いうちにバターの塊を上に載せ、表面をフォークでさして溶けだしたバターを中に染込ませることなの」と奥さんがなんと3センチ四方の塩入バターを載せてくれました。溶けたバターの艶でさらに美味しそうになったタルトに早速挑戦。チーズのなんともいえないモチモチ感にまず驚き、野菜の優しい味わいとバターの塩味との濃厚な旨みに思わず「美味しい~!」。ただし猫舌の人はご用心。熱々のモチモチチーズでやけどをすること請け合いです。

卵入りのパリッとした生地との相性も抜群ですが、さすが半分も食べると私にはすこし塩辛い気がして中休みをすると、奥さんが「水でなくビールはいかがですか?」と聞いてくれました。そういえば最初この店に入ったとき、パン屋なのにニヴェル特産の地ビール“Jean de Nivelles”がいやにたくさん置いてあるなと思ったものでした。なるほど冷たいビールで喉を潤せば、また幾つでも食べられそう。ボルドーやブルゴーニュの赤ワインとのマリアージュもお勧めとのことでした。

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