クリスマスという大イベントが終わっても、キリスト教の世界ではイエス誕生にまつわる行事が軒並み続きます。そして各々の祭りには特色のある祝い菓子があります。
王様ばんざい
1月6日、ベルギー中のパティスリーの店先は、王冠を乗せた丸いパイ菓子、ガレット・デ・ロワ(王様のパイ)という公現節の祝い菓子で埋め尽くされます。公現節とは、1月6日、東方の三博士が星に導かれはるばるベツレヘムへ赴き、馬小屋に寝ている幼児イエスの前に恭しくひざまずき、贈り物、すなわち王の印「黄金」、聖職の印「没薬」、そして預言者の印である「香」を捧げたことを祝うものです。
しかし、現在の多くのキリスト教の祭りがそうであるように、この公現節の祭りも元はといえば、古代ローマの神々の祭りが起源なのです。いにしえのローマでは、農耕の神を祭るサトゥルヌス祭が12月17日から24日まで行われ、その翌日が新年と決まっていました。飲めや歌えの馬鹿騒ぎの最中、祝宴の王を選ぶという趣向があり、そら豆を手にしたものが王となり王妃を選ぶことができたそうです。一方、新年を迎えるこの時期、ローマっ子は友人へ菓子を贈るという風習もありました。そして新年は農民が領主へ税金を納める時でもあったので、彼らは領主(王)にも菓子を贈呈しました。
その後ローマ人の間にキリスト教が徐々に広まっていきますが、依然として自然界の神々を信仰する人々も多くいました。そこで教会は、そら豆で王を選ぶことや、領主に菓子を進呈するという古くからの風習をキリスト教に巧みに取り込み、ユダヤの王であるイエスの誕生を祝う公現節に用いました。
ガレット・デ・ロワは家庭だけでなく幼稚園や小学校でも食べられます。その日は朝から、誰が今日の王(女王)になれるかという話でもちきりです。なぜこんなに人気があるかというと、パイのどこかに隠されているたった一つのそら豆(陶器製の人形)を、自分が当てるかもしれないという期待感と、王になると紙で作った冠をかぶり皆から“王様ばんざい”と祝福があるからです。一日王様になった子供の顔には晴れがましい表情が浮かび、微笑ましく楽しい行事です。
クレープは太陽
光が悪霊や死から人々を守り、嵐や雷などを遠ざけると信じていた古代ローマ人は、種蒔きが上首尾におわり夏の収穫が豊富であるようにと松明を灯し祈りました。また、冬の寒さと闇を恐れたケルト人は、光の再来や豊穣を祈願して「水を清める儀式」を2月1日に行なっていました。このように「光」は古代から豊穣、繁栄、浄化という原始信仰の対象で、2月2日のシャンドラーは豊作を祈るロウソクの祭りでした。一方、キリスト教ではこれを聖マリアのお潔めの祭りと呼び、クリスマスから40日目マリアが幼子イエスを抱いて神殿に詣でたことを祝う日です。
シャンドラーになると厳寒も過ぎ、「シャンドラーの朝露、冬の最後のあがき」「シャンドラーに、日は2時間成長する」などの諺があるように、この頃から自然界には徐々に光が溢れるようになります。この日を祝って食べるのが、収穫した小麦で作った丸いクレープ。待ち焦がれる太陽の再来を乞い、家内安全を祈願します。
クレープを焼く時、片手にコインを握ってもう一方の手でクレープをうまくひっくり返せたら、来年のシャンドラーまで幸せでいられると言い伝えられているせいか、この日だけはクレープを焼く人が多く、やれコインを持てだとか、クレープを床に落としたなどとにぎやかに昔の風習を楽しみます。焼き上がった熱々のクレープに、赤砂糖をかけたり、ナッツ風味のチョコレートペーストを塗ったり、リンゴなどのコンポートをのせて、クルクル巻いて頂きます。
無礼講のカーニバル
カーニバルの始まる時期は国や地方によって違いますが、必ず「脂の火曜日(マルディ・グラ)」で最終日を迎えます。次の日は「灰の水曜日」と呼ばれ、この日からイースターまでの40日間、キリスト教徒は懺悔をして贖罪の肉断ちをしました。厳冬の最中、肉類だけでなく卵や脂といった脂肪分は口にできません。ですから、カーニバルはその前にイヤと言うほど旨いものを食べ、好きなだけバカ騒ぎをするのが目的で、色彩豊かで騒々しいほど人気があります。仮装行列には必ずブラスバンドの伴奏が付き、踊りや山車そして色紙のテープや紙ふぶきは欠かせません。カーニバルの仮装は“倒置のエスプリ”がモットーで、性的倒錯(男性が女性へ)、階級無視(奴隷が主人へ)、架空の人物など、社会の規則や常識など全てを忘れてはしゃぎます。
この時の楽しみは、油で揚げたビューニュやベニエです。その昔は、40日間お預けをさせられる卵をこの時とばかりにタップリと使い油で揚げました。現在は移動遊園地などでも食べられますが、カーニバルの行列について食べながら歩くとき、これほど美味しいものはないと感じるのは寒さのせいでしょうか。