ベルギーの街角から 1

これから2ヵ月に1回、ベルギー在住の宮崎真紀氏の連載エッセー「ベルギーの街角から」を掲載いたします。

宮崎氏は現在ベルギー在住の日本人向けの情報誌「ボナ・ペティ」の編集長として活躍中で、その経験を生かしてベルギーの製菓事情についてお書きいただきます。第1回目はベルギーのバレンタイン事情についてです。

一年を通じて最もロマンティックな行事といえば、2月14日のバレンタインデーが挙げられます。

「聖バレンタイン」デーの起源

一般的に伝わっているのが、ローマ皇帝の逆鱗に触れ、死罪となったカトリック司教バレンタインの説です。
残忍で知られるローマ皇帝クラウディウス2世は、士気が落ちるという理由でローマ兵の結婚を禁止していました。しかし兵隊たち、特に外国との長い戦争に駆り出される若い兵士の不満はつのる一方でした。そこでバレンタイン司教は、皇帝の意に背き、内緒で多くの兵士の結婚を許可するという大胆不敵な行動をとりました。けれどもそれが発覚。273年2月14日、死刑に処されてしまいます。

一方、この早春の時期、ローマでは女神ユノー(ジュピターの妻で女性と結婚生活の守護神)の祭りが盛大に行われるのが習慣でした。春の到来を喜び、人々は飲めや歌えの大騒ぎをします。このユノー祭最大の呼び物は「くじ引き」でした。縁結びの神ユノーにちなみ、くじで引き当てた乙女と祭りの間恋人のように振舞えるという趣向に、ローマ中の青年たちが沸き立たないはずはありません。

当時、ローマ人の多くは神話上の神の絶対的な崇拝者で、キリストを信じません。この傾向は田舎に行けば行くほど強く、カトリック教会の布教は困難を極めていました。ですから、教会は以前から特にユノー祭の熱狂的な人気を苦々しく思っていたのです。

この様な状況の中で起きた司教事件を教会が見逃すはずはありません。信者確保の千載一遇のチャンスとばかりに、司教処刑を利用することにしました。そして、ローマ人が唯一無二と信じている神の祭り(キリスト教徒にとっては異教の祭り)にこれを絡ませ、うまくすり替えてしまったのです。498年、ゲラシウス教皇にいたっては、彼の殉教した2月14日を「愛の日」と宣言したほどです。但し、「乙女のくじ引き」は違法だと付け加えるのを忘れませんでしたが。

ベルギーのバレンタインデー

日本では大人から子供まで知らない人はいないほど有名になり、この日はチョコレートの売り上げが最高潮に達すると云われていますが、チョコレートの本場ベルギーでは少し様子が違います。

20世紀初頭から、2月14日にカードや写真を送ることが人々の間で流行り始めました。それが、第二次世界大戦後になると、カードの代わりにプレゼントの交換へと次第に変わっていったのです。もともとバレンタインデーのプレゼントは、親や友人などへ日ごろからの愛情や感謝を込めて贈ったもので、恋人同士だけに限った行事ではありませんでした。

そして、現在一般的には男性から女性にプレゼントをします。贈りものも様々で、カードを添えた一本の赤いバラや香水といったロマンティック型から、妻が前から欲しがっていた最新のコーヒーメーカーや、恋人に似合いそうなセーターなどという現実的なものまであります。

しかし、概してこの日レストランに行くことが多いようです。近所のイタリアンから有名レストランの豪華ディナーまでと懐具合による差はありますが、レストランはまさにかきいれ時。ミシュランの星付きレストランなどは何ヶ月も前から予約で埋まります。レストラン側も事前にバレンタインデーの特別メニューを常連に送ったり、有名ミュージシャンのライブ提供などと勧誘に余念がありません。また、友人を招待した自宅での食事の時などは必ずシャンパンが登場します。

日本では女性から男性にチョコレートを贈り愛の告白をするという現象がいつの間にか定着、義理チョコなどという訳の分らないことまで流行っていますが、このように、本場ベルギーではチョコレートがバレンタインのプレゼントとして活躍することはありません。ではどんな時にチョコレートがベルギー人の生活に登場するのでしょうか。食後のコーヒーやアフタヌーンティー(こちらではコーヒーですが)の時、病院の見舞いや親を訪ねる時などが挙げられます。因みに、通常プラリヌは大人の食べ物で、子供には板チョコなどが与えられます。

ところが、最近では、この時期になると町中のショコラティエのショーウィンドーにはハートが溢れ、有名店は毎年新作のプラリヌを発表するようになりました。これは、チョコレートには媚薬として効果があると昔から信じられているため「チョコレート=恋愛」というイメージを定着させようとしているのだと思います。これが商業主義とも、世の中が贅沢になってきているとも批判されますが、実は8世紀も前に起こったバレンタイン司教の原点に戻ってきているのかもしれません。

ベルギーのショコラティエ

美味しさでその名を世界に轟かせるベルギーチョコレート。カカオの木が育つわけでもないのに、ベルギーで作られるチョコレートがなぜ美味しいのでしょう? それはショコラティエ達がカカオの産地別の風味をしっかり把握していることと、収穫年による異なる味わいを的確に察知しブレンドする才能に長けているからに他なりません。ワインやシャンパンもブレンドが鍵であるのと同様、ベルギーチョコレートの繊細な味は彼らの感性のあらわれなのです。グルメの国に相応しく、各々こだわりの「自分の味」を持っています。

有名店のバレンタイン拝見

サブロン広場
  • ヴィタメール:希望すれば、小さな箱入りのハートのチョコをメッセージ付きで相手に郵送してくれます。
  • マルコリーニ:金箔を散らした大きいハートのチョコを割るとプラリヌが現われます。
グランプラス広場
  • ガレー:スタイリッシュなデザインの箱を開ければ、小さいハートのプラリヌで溢れる大きいハートのチョコが入っています。
  • ゴディヴァ:贈る相手により、ハート型、楕円形そして流行りの平たい小箱などが選べます。
  • ノイハウス:この週の間、ショコラティエが主な店にスタンバイ。客の希望の名前をチョコレートでプラリヌの上に書いてくれます。
アントワープ
  • デルレイ:日本上陸しんがりは、アントワープの有名店デルレイ。04年11月、銀座に店をオープンしました。
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