日本に初めての鉄道が開通したのは1872年(明治5年)10月14日(9月12日)、新橋・横浜間の29Kmでした。1日に上り・下り各2回、品川・横浜間が35分かかりました。この時、運賃は上等が1円50銭、中等が1円、下等が50銭でした。
J.R.ブラックの「ヤング・ジャパン 横浜と江戸」によれば、9月23日に試運転を行っています。この時は「汽車といっても、貨車1輛、1等客車1輛、機関車に取り付けられた無蓋貨車1輛」の連結でした。
鉄道の開通は貨物の輸送にも威力を発揮しました。食品関係では舶来の糖菓、チョコレート、ビスケット、砂糖、牛乳(コンデンスド・ミルク)、パン、パン粉(ベーキング・パウダー)、コーヒーなどを運んでおり、貨物は細かく運賃が区別されていました。舶来の糖菓の輸送料が最も高く、これに次いでチョコレート、ビスケット、コーヒーなどの運賃も高額でした。これらはぜいたくな嗜好品と考えられていましたので、高い運賃が設定されたのです。
中に飼犬用ビスクイトというのがあり、これは1級、安い運賃でした。飼犬用といってもドッグ・フードではありません。三好右京氏の説によれば、これは運賃を安くするために「外人が常用する奸策手段」でした。三好右京氏は「日本洋菓子史」にしばしば登場する人物で「菓子新報」の記者をしていた人でした。日本の洋菓子史の生き字引の一人だったようです。