ベルギーの郷土菓子 3

タルト・オ・シュークル(砂糖のタルト)

ワーテルローといえば、1815年にナポレオンがイギリスとプロイセンの連合軍に大敗した古戦場。ブリュッセルの南30キロのところにあります。「砂糖のタルト」はこのワーテルローのタルトです。ナポレオンのおかげで生れたとも言えるタルトの発祥地が、彼の「百日天下」の幕が下りたところとは。なんとも皮肉な巡り合わせです。

ナポレオンの大陸封鎖

1805年、トラファルガーの海戦で海上覇権を封じられたナポレオンは、イギリスに経済的打撃を加えるべく、その圧倒的な軍事力にものを言わせヨーロッパ大陸諸国に「大陸封鎖」を命じました。イギリス及びその植民地との貿易を一切禁止したため、大陸では諸原料の供給が途絶えがちになりました。特に「白いダイヤ」と呼ばれた砂糖は、その最大の供給地である西インド諸島からのルートが断たれ、たちまちその値段が急騰しました。その頃のヨーロッパでは既に紅茶やコーヒーを飲む習慣が人々の間に定着しており、砂糖は商業上の重要な商品でした。原料のサトウキビは、熱帯地方でしか栽培でません。

そこでナポレオンは砂糖の価格の高騰を防ぐ対策として、サトウキビに代わる他の原料からの砂糖生産の技術開発を奨励。研究には資金を惜しまず、農学者を優遇しました。ここに有力候補として「サトウダイコン」が浮上しました。当時、サトウダイコンは家畜の飼料として栽培されており、糖分があることは分析済みでしたが、効率的で低価格の精製方法が未開発という現状でした。その後ドイツやフランスの化学者たちにより糖汁の精製法が確立。産業革命というタイミングとも相まって製糖産業が幕を開けました。

ワーテルローの砂糖工場

ベルギーがオランダから独立したのが1830年。わずか6年後、広大なブナの森と果てしない平原が続くワーテルローに、大規模な製糖工場が造られました。この辺りは土地が痩せているため農作や酪農が振るわず、昔から多くの人が出稼ぎや、道を石畳にする舗装工で生計を立てていました。ですから、工場設立は地元で歓迎され、多くの人が工場で働き始めました。

製糖工場の従業員に給料と共に支給されたのが、廃糖蜜または赤砂糖でした。廃糖蜜とは砂糖を精製するときに発生する副産物の粘りのある茶褐色の液体で、まだ半分ぐらいの糖分が含まれています。これをパンにつけて食べたり、果樹園も少ないこの土地の人は赤砂糖でタルトを作りました。舗装工も大寒の時は、コーヒーと共に砂糖のタルトが支給されるぐらい、このタルトはワーテルローの人々の生活に浸透していました。当時はパン屋に赤砂糖を持って行くと、パン焼き釜で砂糖のタルトを作ってくれました。

このため、タルトの生地はパン生地と決っています。あるワーテルロー出身の小説家は、幼少の思い出として、土器の壷を持って廃糖蜜を買いに行かされたことや、日曜日の朝に漂う、砂糖の香ばしい甘い香りをかいだときの幸せな思い出を綴っています。

タルトの作り方

現在のワーテルローはブリュッセル郊外の高級住宅地として有名で、ワーテルロー大通りの両側には洒落たブティックやレストランが軒を連ねます。街の中心にある教会の直ぐ裏、気鋭のパティシエ、マルク・デュコビュのパティスリーがあります。独立して店を構えたのが3年前。宝石のようなケーキやプラリーヌはその日の夕方には完売します。それもそのはず、ベルギーチョコレート大使、2003年クープ・ド・モンド3位、2005年クープ・ド・モンドのチーフ、とその実力は証明済みです。彼にタルトを作ってもらいました。

パン生地をタルト台に広げ、クレーム・ダモンドとクレーム・パティシエを混ぜたアパレイユを、蚊取り線香の要領で絞り出します。そこに生クリームと全卵を混ぜたアパレイユを流し込み、表面に粉砂糖をタップリとかけ、バターの小片を散らします。生地の端に溶き卵をぬり照り出しをしてから180度のオーブンで約15分焼きます。

タルト以上のタルト

パティシエのこだわりで作られたデュコビュ氏のタルトは、タルトと呼ぶにはあまりにも繊細。あえて言うならタルトのオートクチュール。普通はパン生地の上に直接砂糖を振り掛けますが、彼はクリーム類をクッションに使います。このやり方だと焼きあげた時に中身の乾きが少なく口当たりが優しくなります。また、一般に使われているグラニュー糖の代わりに粉砂糖を使用するのは、ジャリっとする食感を避けるためとのこと。

焼きあがったタルトの表面の素朴な美しさ。かすかにカラメル化した砂糖を、溶けだしたバターが薄絹の衣のように覆い、艶ややかに輝いています。常温に冷ました一切れを口にすると、ほんのりと広がるアーモンドの香り、甘さ控えめの中身とパン生地とがバランス良くからまり、気がつくと次の一切れに手を出していました。夏には涼しげな白い粉砂糖、寒い冬には赤砂糖とパイナップルでパンチを出します。

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