ベルギーの郷土菓子 10

クレッツコーペンとスプレットルーケン(Kletskoppen & spletlukken)

今回ご紹介するフュルヌという町は、ベルギーの北海沿岸から6キロほど内陸に入った、フランスとの国境近くにあります。日本人にはあまり馴染みのない名前ですが、歴史のおさらいをすればフュルヌがただの田舎町ではないことが分かります。

9世紀末、フランドル伯がノルマン人から領地を守るため要塞を作ったことに端を発し町がひらけていきました。フランドル伯領内で最強といわれたこの要塞が、フュルヌをはじめブルージュやゲントといったフランダース地方の有力な町を生むことになりました。そしてこれらの都市が繊維産業でつむぎ出した巨大な富のおかげで、フランドルは10世紀~17世紀までの間ヨーロッパで最も裕福な地方となったのです。

12世紀頃のフュルヌは、ハンザ同盟でロンドンとのリネンの通商の窓口として重要な位置を占めていました。その後町はブルゴーニュ公国統治の時代を経て、スペイン系ハプスブルグ家のアルベール大公統治時代と、ウィーン系ハプスブルグ家マリア・テレジア統治下に繁栄をみました。これらの時代に作られた建物は、2度の大戦で戦災を受けたものの、町のあちらこちらに残っており当時の繁栄振りが偲べます。特にマルクト広場やその近辺には、スペイン風やフランドル風にアレンジされたルネッサンス様式やロココ様式の建物が多く、他のフランドルの町には見られない独特で優雅なものです。小さな広場に面していくつもの教会があるのはカトリックの国スペインの影響でしょうか。

美味しいお茶うけ

「小さなブルージュ」として知られるフュルヌには、「クレッツコーペン」という直径約5cmの薄くて丸い焼き菓子と小判型のガレット「スプレットルーケン」があります。これを目当てに北海沿岸やブリュッセルからもわざわざ買いに来るほどです。国境近くに住むフランス人は、クレッツコーペンのことを「フュルヌのレース」と詩的な呼び方をします。たぶん繊細なレースの模様のように、ところどころに穴が開いているための命名でしょう。

町の中心マルクト広場のすぐ裏にあるのが、アルティザンのパン屋兼菓子屋のドゥドリー(Dedrie)。先代がここに店を構えたのが今から90年前、現在では3代目の兄弟が店を継ぎ、しかも5人兄弟のうち3人とその各々の家族が家業に従事するという家族経営の店です。長男のジョン・ピエールさんがパンとチョコレート担当、末っ子のリックさんがパティスリー系の担当ですが、二人ともオールラウンドなので忙しい時は臨機応変に対応します。店の奥にあるアトリエでフュルヌのレースとルーケン作りを見学しました。通常は週一回の製造ですが、北海沿岸はベルギー人にとってはリゾート地なので夏や冬のバカンス、そして復活祭やクリスマス、年末年始には毎日作るそうです。

作り方

フュルヌのレースの材料は小麦粉、バター、黒砂糖、白砂糖、粗く砕いたアーモンドといたって素朴で、レースと呼ばれる穴をあけるのは黒砂糖の仕業です。しかし黒砂糖が入っているため、いったん天板をオーブンに入れたら最後、片時もオーブンから目を離せません。なぜならただでさえ薄いビスケットはアッという間に火が通り、何秒かの遅れで焦げてしまうからです。この作業の間は何が起きても絶対オーブンの前を離れないというお兄さん。4枚の天板をオーブンに入れ、焼き加減を見極め一旦取り出し、天板の向きを変え1~2分後には取り出すというタイミングは、弟に言わせると「兄貴にはかなわない」。

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片や弟はアトリエの隅に置いてあるガスコンロの上で昔ながらの鉄の焼き型を使い2個のルーケンを同時に焼いています。楕円形にしたルーケンの生地を熱した焼き型に置き、もう一枚の鉄板で挟み待つこと30秒。焼き上がった熱々のガレットの横にプチナイフを差し入れ2枚に切り離します。生地にはイーストが入っているため中は殆ど空洞状態です。冷めてからクリーム類を挟み、冷蔵庫で一晩落ち着かせます。中のクリームはバニラクリームとキルシュ、カソナードクリームにはラム酒を加えたものですが、分量などは家業伝来なのでご想像に任せる、とはルックさん。

あめ色のフュルヌのレース

あめ色の金貨が並ぶ天板をオーブンから出し、ほんの数秒冷ました後、ヘラでサラサラとはがします。早速試食。カリッと爽快な歯ごたえ、噛みしめるとサクサク。アーモンドの香ばしさと焼けた砂糖の優しい甘さが口中に広がり、次の瞬間には手がもう一枚に延びていました。上質のバターと黒砂糖が決めての艶々と輝く金貨、後を引く美味しさです。同じ様な焼き菓子をスーパーなどで見かけますが、似て非なるもの。美味しさのもう一つの決め手は鮮度で、ここにはストックは殆どありません。売れ行きに準じて作れるのも家族経営の強みといえます。常温で何週間でも保存できますが「客の殆どはすぐ食べてしまう」と金貨を焼き終えたお兄さんが一息入れて笑っています。素朴でこんなに美味しいものが傍にあれば、今流行のフージョンのケーキなんかクソ食らえ! ア~それにしてもフュルヌのなんて遠いことか・・・。

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