ベルギーの郷土菓子 21 最終回
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知っていますか? 製菓原材料
宮崎真紀

(tarte Vi Paurin de Rixensart)
 リクソンサールは、ブリュッセルの南部ソワーニュの森から果てしなく広がる田園地方にある小さな町です。広大な森や湖がある穏やかな起伏に富む一帯には、その昔、野原や小道などいたるところに野性のリンゴの木が繁っていました。このひなびた地方も現在では大富豪や政治家そして外交官などが住む高級住宅地として知られています。ヨットが浮かぶジェンバル湖畔には瀟洒なホテルやレストラン、アートギャラリーなどがあり、ブリュッセルから車で20分という便利さも手伝い、お洒落でハイソなリゾート気分を味わえる憩いの場所となっています。
 また近郊には広大な庭をもつ19世紀に作られたラ・ユルプ城があります。220ヘクタールの敷地内には大きな池や乗馬場があり、家族連れでピクニック、犬の散歩やジョッギングなど、ブリュッセルの緑の心臓として愛されています。公園の中心にある城ではオペラやコンサート、劇などの文化的なイベントが行われます。この広大な土地は、ソーダの開発で財を成したベルギーの大実業家ソルヴェー氏の所有でしたが、今から50年前に城ごとワロン政府に寄付され一般に公開されています。
 このようにこの辺り一帯には富裕層が多く住んでいますが、郷土のタルトは「けちん坊のタルト」と名付けられています。

けちん坊のタルトの由来
 あるものは森だけというこの地方では、秋になると子供達が拾い集めたリンゴでタルトやコンポートを作ります。野性のリンゴは酸っぱいため、タルトにはカスタードクリームを合わせる習慣がありました。でもなぜこのタルトがけちん坊のタルトと呼ばれるのでしょう?
 拾ってきたリンゴだったからかもしれませんが、それだけではありません。昔からこの村の住人は大変なケチで、安いものでもさらに値切ったそうです。商品でもサービスでも、すこしでも安く、もっと安く、出来ればただで手に入れたい! 日本風にいうと「ケチは舌も出さない」的なしまり屋だったのでしょう。村の郊外に住んでいたブルジョワ階級の人々は、その度を越した様子を皮肉って、彼らのことを「ただの生活のリクソンサール人」と呼んでいました。この“ただの生活”という意味のフランス語が変化し“ビポラン”となり、ビポランのリクソンサール人というのが彼らに付けられたあだ名でした。ところがジョーク好きな人々は、それをかえって喜びタルトの名前に採用することにしました。ビポランの人が作るタルトなので、タルト・ビポランというわけです。まさに「転んでもただでは起きない」を地でいく人たちです。
 今ではこの名称は正式に特許を取得し、リクソンサールで作られたリンゴのタルトだけに使用されます。「最近のパティスリーは伝統的なタルトを片隅に追いやり、上品な外見と一度食べただけでは判断できないような複雑な味がもてはやされる傾向にあります。決して悪いことではありませんが、住人達に自分達の根っこの部分を忘れてもらっては困るので、ラベル制度を設け伝統的な作り方を守る菓子屋にラベルを与えています。リンゴはコンポートとスライスしたものと2種類使っているところがポイントです」とタルト・ビポラン保存協会の人は自慢気に説明してくれました。

作り方
(1) パン生地を用意する。調理用のリンゴでコンポートを作り裏ごしする。乾しぶどうを茶色のラム酒に浸け一晩置き水分を切っておく。カスタードクリームを用意する。
(2) タルト型にパン生地を延ばしピケをしたら、約5ミリの厚さにコンポートを敷き詰める。すこし硬めに作ったカスタードクリームを搾り出し袋に入れコンポートと同じぐらいの厚さで全体を覆う。乾しぶどうを全体にパラパラと散らす。
(3) 皮を剥き薄くスライスしたリンゴでタルトの表面を覆う。その上にスライスアーモンドを散らし、同量の砂糖をまぶした乾しぶどうで飾る。250度のオーブンで25分焼く。食前に粉砂糖をかけて食する。

ケチらない手間
 今ではリクソンサールの住人でもその名の由来を知らない人が多いため、タルト保存協会は、町の入り口に「タルト・ビポランの町」という看板を立てたり、クリスマス市ではヴァン・ショ(熱いワイン)との相性の良さを売り込むなど宣伝に努めています。
 保存協会の努力の賜物と思える“当地自慢のタルト・ビポラン”と書かれたカードが添えられたズッシリと重いタルトを試食しました。その名のイメージに反して、なかなか繊細な外見です。タルトの表面にはスライスしたリンゴが手間を惜しまず綺麗に並べてあり、チョッとカラメル化した乾しぶどうとスライスアーモンドが美味しそう。カスタートクリームとコンポートの量もケチっていません。甘さを抑えた柔らかい中身とアーモンドのカリッとした食感。ツンと鼻梁をくすぐるラム酒の香りと味。「けちん坊のタルト」、食べ応えと風味はケチっていません。