ベルギーの郷土菓子 21 最終回
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知っていますか? 製菓原材料
宮崎真紀

(couques de Dinant)
 ディナンはブリュッセルから100キロほど東南にあるムーズ川沿いの愛らしい町。川の片側には切り立った崖をもつ山があり、崖の上にある中世の城砦からの雄大で牧歌的なパノラマには心を洗われる思いがします。牛が草を食む牧草地が見え隠れするどこまでも続く穏やかな丘陵はAOCチーズや美味しいバターとミルク、そしてアルデンヌの生ハムの故郷です。
 ディナンの町は12世紀から銅製品の加工で有名でした。そのためフランス語や英語で真ちゅう製の家庭用品や室内装飾品のことを指してずばり「ディナンドリー」というほどです。そしてもう一つディナンの名前のついたものが、今回の主役クック・ド・ディナン。ところで、ジャズ音楽に欠かせない楽器サクソフォンの発明者アドルフ・サックスが生れ育った町がここディナンです。

人々を救ったビスケット
 クック・ド・ディナンの起源は、古代ローマ人が好んだというライ麦粉にハチミツと羊のチーズなどを加えて作った平たいビスケット。ローマ兵たちの保存食でもありました。中世になりディナンのパン職人が改良し、小麦とハチミツのみで作るようになりました。15世紀半ばディナンがブルゴーニュのシャルル勇肝公により包囲されたとき、この日持ちのする固いビスケットが籠城した人々を飢えから救ったそうです。

8代続く老舗の店
 クック・ド・ディナンを1774年に商業化したのが、今日にいたるまで8代続くメゾン・コラール。第一次世界大戦で壊された後1923年に再建されたアトリエに入ると、一気にレトロな雰囲気に包まれます。機械らしいものは生地を混ぜるステンレス製の桶と生地を伸ばすものだけ。使いこんだ分厚い木製の作業台と壁にかかった何十種類ものブリキの型、そしてこれも使いこなされ枠の部分を補強してある木型など、トランジスターラジオから流れる音楽がなければ、昔もこのままだったと思わせる仕事場です。
 クック・ド・ディナンを有名にしたのは、ブルゴーニュ公のエピソードとともに、バラエティーに富んだモチーフのおかげです。中世はパン屋自身が彫っていたためシンプルだった模様が、その後木の家具を作る職人が彫るようなり意匠に富んだ木型となりました。メゾン・コラールにはアンティークの木型や18世紀の開店当初からの木型が200以上もあり現在でも使用されています。

作り方
 このアトリエで25年も働いているエディーさんの流れるような職人仕事を拝見しました。材料も当時と変わらずベルギー産の小麦粉とハチミツのみ。その他一切加えません。
(1) 小麦粉と液体ハチミツを混ぜる。粉とハチミツの割合は基本的には3対1。しかし天候による温度や湿度の微妙な変化により割合を加減する。
(2) 空気抜きのため、生地を作業台で何回かこねてまとめる。麺棒で平らにし更に薄くするため機械にかけて延ばす。木型の模様の輪郭と同じサイズに作ってあるブリキの枠を使い、生地から型を抜く。
(3) 生地を木型に軽くはめ込み、指先と手のひらを使って押し付ける。レリーフの微妙な高低がはっきりと出るよう、場所により押す力を加減する。木型を立てて台にポンと打ち付け生地を抜き、天板に並べる。
(4) 300度の高温で4〜5分焼く。途中で天版を取り出し艶出しのため全体に刷毛で水をサッと塗る。
(5) 焼きあがったらオーブンから出し、裏返しにして冷ます。

堅いことは堅いけれど
 実を言うと、アトリエに入った瞬間ちょっと驚きました。ビスケット屋の仕事場にしては甘い香りが漂っていません。スペキュロース工場を見学した時は、アトリエに足を踏み入れたとたん、焼けた砂糖やバターの甘い香りに包まれたためです。しかし材料が粉とハチミツと分かり納得。焼く現場では穏やかな甘い香りが漂ってきました。
 クック・ド・ディナンの他にクック・ド・ランスという小型の丸いビスケットもあります。季節労働者として働いていたランスという人が、あるとき間違って小麦粉の中に砂糖を入れたのがそもそもの始まりでした。大事な原料を無駄にはできず、シナモンを加えて焼いたところなかなかの味だったというわけです。
 さて、食べるのが惜しいような見事な浮き彫りの花かごを試食しました。手で割ろうとすると、堅いと聞いていたわりにはポキッと折れずしんなりと曲がります。「ビスケットのようにポリポリとは噛まず、飴玉のように口の中でゆっくり溶かしなさい」と教えられた通り、噛みたいのをじっと我慢の子。甘くもないモソモソとした堅い生地を口の中で転がしながら待つ時間の長いこと。でも溶け始めた途端、ドッと押し寄せたハチミツの優しい甘さ。その滋味豊かな甘みにいまさらながらハチミツの偉大さを感じました。クック・ド・ランスは砂糖とシナモンのバランスも良く甘いもの好きな現代人向き。甘いものが氾濫している今、甘さでは他に引けを取るクック・ド・ディナンですが、その芸術的ともいえるモチーフで、食べるというよりは装飾品として人気があります。